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読書ノート 「共産党宣言」 マルクス・フォー・ビギナー①

 本を読むとどうしても眠くなり、つまらない授業を聞いているときのような頭かくかく現象が起こってしまいます。図書館で本を読むときは必ず椅子に座って本を読むもの。でも私はじっと座ってられないんですよね。足がなんかあれで。

 しかも椅子座っていると眠くもなってしまう。そうなると家で歩きながら本を読むというのが解決策になるんだけど、家には誘惑がいっぱい。本以外のところに気が散ってしまう。うろうろ歩き回れる図書館とかあったら最高なんだけどそんなもんないしなぁ。自分の部屋の中でうまく気が散らないようにするしかない。

 

マルクス・フォー・ビギナー〈1〉共産党宣言 (マルクス・フォー・ビギナー 1)
 

 

 読むのにかかった時間約3時間でした。ぶっちゃけ後半の方はうとうとしながらだから記憶があいまいになっています。地元の図書館で社会主義関連の本を探していたところ(この文言恐ろしすぎないか?)薄くて読みやすそうな、しかも解説までついているこちらの本を発見し読んでみました。以下クエスチョニングです。

  • この本を読んだきっかけは?

 図書館で見つけたから。ここ最近何度も書いているようにマルクスレーニンスターリンの3人に注目して共産(社会)主義について勉強しております。どうやらソ連時代の共産主義は本来の意味の共産主義ではなく、スターリン共産主義宗教と化していたということを若干学び始め、本来(マルクスの考える)の共産主義について正しく知りたいと思ったのがきっかけです。

 まぁそりゃそうなんですよね。ソ連共産主義の正統な系譜だと言われてもしっくりくるはずもない。あれは独裁と監視がはびこる恐怖政治だったと私は思います。もちろん私見だし、研究者・学者から「お前は何もわかってない」と言われると思いますが。むしろ何もわかってないからそう言ってもらいたいまである。

  • この本を読んで学んだことは?

 まず第一に私は共産主義を誤解していました。そしてこの共産党宣言が書かれた時代の労働者と現在の日本の労働者には共通点もあるが、大きな差があるように思いました。

 まず誤解ですが、これはシンプルにスターリン毛沢東ら自国民を大量に餓死させた指導者たちの考える共産主義は、国内の状況とマッチしていなかったということ。共産主義は資本主義の発展の先に存在するらしいです。きちんと理解しているわけではないので濁した言い方になるのをお許しください。

 本書を読んだことで国内の農、工、商業が十分に発達したとはとても言えない、かつめっちゃ土地の広いソ連・中国には共産主義を持ち込んだところで破たんするほかないように思えてきました。そもそもスタートが違っていた。ただこの辺の話は専門家に本気で教えてもらいたいと強く思います。もちろん意見は様々あってまだ確立されてはいないでしょうが、大学で授業うけときゃよかったと強く思います。

 もう一つはマルクスの時代の労働者と現代の日本の労働者の水準の違いです。もちろんどちらの時代にも共通するものはありますが、マルクスがいたおかげなのか随分と現代の労働者の生活水準は高いように思えます。

 資本家に一方的に搾取されるのみだった労働者は、かつては教育をまともに受けられずただ機械同然に働くこと以外の可能性がありませんでした。それが現代では資本がなくともうまいことやれば資本家に成り上がれます。それに教育だって多くの人が高校までの教育を受けている(?)んじゃないでしょうか。大学への進学だって闇はありつつ叶えられている。そのせいでレベルが上がったり下がったりはしているでしょうが。

 ただかつてとレベルは違えど同じく問題であるのは「家庭の時間」の創出でしょうか。かつては父母共に働き、子どもまでも働き、家庭の時間はつくられませんでした。現代はどうでしょう。専業主婦が可能だった時代は過ぎ去り、共働きの中でうまく子どもとの時間を創出するというまた一つ難易度の上がったものになっている気がします。

 マニュファクチュアの時とはまた少し違う問題が生じているし、現在は性の平等の実現を目指すことを目指すので、金・時間・男女平等のバランスをうまく作り出すのが難しそうです。100年以上たっても未だ課題なんだなぁ~と思ってしまいました。

  • この本を読んで一番刺さったところ

 現代のグローバル化(世界の一体化)について最近は批判的な意見も多くあると思います。マルクスの時代から規模が変わっただけで、根本は変わっていないのかもしれません。彼は批判的にこう述べています。

 ブルジョアジーは、生産手段や財産や人口の分散を、ますますなくしてゆく。彼らは、人口を密集させ、生産手段を集中させ、財産を少数の人間の手に集積させた。その必然の結果は、政治上の中央集権であった。べつべつの利害、法律、政府、関税をもっていて、ほとんどたんなる連合関係で結ばれていただけの独立の諸地方が、ひとつの国民、ひとつの政府、ひとつの法律、ひとつの全国的な階級利害、ひとつの関税地域に結びつけられた。

(下線強調:本では文字に傍点が付けられています。)

 世界はまだ無政府状態ですが、基本的にはアメリカの1強時代が続いていました。現在はどうなんだろう。中国の台頭があるのでようわかりません。国際政治学者に任せましょう。

 ただひとつの国家、ひとつの政府などの文言はいまとなっては当たり前な気がします。例えば日本人の日本国。よくよく考えたらあらゆる少数派、少数民族を消し去るこの言葉の威力に驚きます。

 世界はまだ一体化しているとは言えません。多様化に向かっているのか、一体化しているのかグローバル化はある面では差異を際立たせ、ある面では一体化を行います。世界企業なんて言うものも存在する世界です。ぶっちゃけカオスすぎてなにがなにやらわかりませんが、マルクスの言うブルジョアが支配する社会(世界)はまだまだ終わっていないんでしょうね。

 アメリカという国の中でマルクスが熱を持ったことがあるのか私にはわからないのですが、もしアメリカというゴリゴリ資本主義の国で、資産を握る少数の人々が集まる国で革命思想が盛り上がったらそれはそれはカオスになるんじゃないかと妄想してしまいます。でも資本主義が一番進んでるのってアメリカですよね?そうなると共産主義が実現されてもおかしくないのでは?

 

  • さいごに

 なんかすごい「マルクスすげぇ!」みたいな文章になっているかもしれないので自分で怖くなってきました。ぶっちゃけ時代を超えて通じるものはあるけど、今回の共産党宣言は事実というより思想でした。私は科学さっぱりわからないくせに科学的なデータとか以外あんま信じられない人なので(だからこそ偽のデータとかつかまされたらやばい)この本の内容についても「あーそういう意見なんだぁ」という感じで受け取っております。

 なにに対してハードルさげてるのかよくわかんないですけど、面白いのは面白いのでこれからもマルクスの勉強は続けていきます。